1. そもそも「腱板」ってどんな組織?
まずは「腱板」そのものについて知っておきましょう。 腱板は、肩甲骨と腕の骨(上腕骨)をつないでいる4つの筋肉(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の「腱」が集まって、板のようになった組織のことです 。

この腱板の最も重要な役割は、腕を動かすこと以上に、肩関節を「安定させる」ことにあります。
ちょっと股関節と比べてみましょう。股関節は、骨盤の深い「受け皿」に太ももの骨がガッチリとはまり込んでいますよね 。だからとても安定しています。 一方、肩関節は、可動域を広くとるために、「受け皿」が非常に浅いお皿のようになっています 。
骨だけではグラグラな肩関節を、まるで「動くサポーター」のようにグッと支え、安定させているのが、まさにこの「腱板」なんです 。
私たちが腕を上げるとき、三角筋(肩の一番外側の筋肉)が腕を「持ち上げよう」とします 。すると同時に、腱板が「(骨が上にズレないように)引き下げる」方向にも力を働かせます 。この絶妙な力のバランス(フォースカップルと呼ばれます)のおかげで、肩の骨は中心に保たれ、スムーズに腕が上がるのです 。
2. 衝撃の事実!「断裂=痛み」とは限りません
さて、ここからが本題です。 腱板の機能が落ちてバランスが崩れると、骨が上にズレて肩峰という骨にぶつかり(インピンジメント)、痛みが出ることがあります 。これが進行すると腱板がすり切れて「損傷」や「断裂」に至るわけですが……。
驚くべきことに、近年の研究では、腱板が断裂していても症状が全くない「無症候性(むしょうこうせい)」の人が非常に多いことが分かっています。
ある日本の山村で行われた大規模な調査(664人が対象)では、超音波で腱板の「全層断裂(完全に切れている状態)」が見つかった人のうち、なんと65.3%(約3分の2)の人には、肩の痛みや機能障害がありませんでした 。
腱板断裂がある人のうち、症状がある人:34.7% 腱板断裂がある人のうち、症状がない人:65.3%
さらに、腱板損傷の有病率は年齢とともに劇的に増加します 。ある研究では、80代以上では62%の人に何らかの腱板異常が見られたという報告もあるほどです 。
このことから、腱板の変性や断裂は、病気というよりも「正常な加齢現象(年齢を重ねる上での自然な変化)の一側面」である、と結論付けられています 。
では、なぜ同じように断裂していても「痛い人」と「痛くない人」がいるのでしょうか? はっきりとした原因はまだ研究中ですが、主に2つの理由が考えられています 。
- 化学的な痛み(炎症): 断裂した部分そのものより、その周囲にある「滑液包(かつえきほう)」というクッション組織などで、「神経原性の炎症」が起きているケース 。
- 機械的な痛み(機能の破綻): 断裂が大きくなったり、筋力が低下したりして、先ほど説明した「フォースカップル(安定させる力)」のバランスが崩れ、機能的な代償が効かなくなったケース 。
つまり、画像検査で「断裂」が見つかったとしても、それがあなたの痛みの「真犯人」とは限らず、単なる「加齢による併発所見」である可能性も十分にあるのです 。
ただし、注意点もあります。症状がないからといって安心はできません。無症候性の断裂は「進行性」であり、追跡調査では、約3年で36%〜51%の人が症状を出すようになったり、断裂のサイズが大きくなったりした、という報告もあります 。
3. 肩の不調は「全身のサイン」かも?
「腱板損傷は、野球選手とか、腕をよく使う仕事の人がなるものでしょ?」 そう思われがちですが、それも少し違います。
もちろん「使いすぎ(オーバーヘッドワーク)」もリスクの一つです 。しかし、腱板損傷の本質は、ケガによる「断裂」というよりも、加齢による組織の「変性(へんせい)」です 。つまり、腱という組織自体が、年齢とともに質的に変化し、もろくなってしまうことが根本にあるのです。
そして近年、この「変性」を加速させる、非常に重要なリスクファクターが注目されています。それは、肩とは一見関係なさそうな「全身性の因子」です。
複数の信頼できる研究(メタアナリシス)によって、以下の項目が腱板損傷のリスクを高めることが示されています 。
- 加齢(50歳以上は最大のリスク)
- 喫煙(ニコチンが腱の血流を悪化させ、変性を加速させます)
- 糖尿病
- 脂質異常症(高コレステロールなど)
- 高血圧
- 高BMI(肥満)
これらの知見は、私たちに重要な視点を教えてくれます。 それは、腱板損傷は単なる「肩」という局所の問題ではなく、「全身の代謝異常(生活習慣病)」が腱という組織に現れた、「全身性疾患の局所的発現」という側面がある、ということです 。
高血糖や脂質異常が、腱のコラーゲンを脆くし、組織の変性を早めてしまうのです 。あなたの肩の痛みは、「全身の健康状態を見直してください」という体からのサインなのかもしれません。
まとめ
いかがでしたか? 腱板損傷についてのイメージが少し変わったかもしれません。
- 腱板は、肩の「動的安定化装置」として非常に重要です 。
- ただし、断裂があっても約2/3は無症状で、ある意味「正常な加齢現象」とも言えます 。
- 痛みの原因は、断裂そのものより「炎症」や「機能破綻」にあるかもしれません 。
- リスクは「使いすぎ」だけでなく、「喫煙」や「糖尿病・脂質異常症」といった全身の生活習慣が強く関わっています 。
「腱板損傷=即手術」と短絡的に考えず、まずはご自身の状態を正確に把握することが大切です。 そして、もし診断されたら、それは肩の治療と同時に、ご自身の生活習慣(禁煙、血糖・脂質コントロール、運動)を見直す絶好のチャンスと捉えてみてください 。
痛みが強い場合はもちろん安静が必要ですが、もし痛みが落ち着いているなら、肩甲骨周りを優しく動かすような運動で、「フォースカップル」のバランスを整えることも有効です(※自己判断せず、医師や理学療法士にご相談くださいね)。
参考文献
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Teunis T, Lubberts B, Reilly BT, Ring D. A systematic review and pooled analysis of the prevalence of rotator cuff disease in asymptomatic individuals. J Shoulder Elbow Surg. 2014;23(12):1916-21.

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